自己表現が苦手なあなたへ
自己表現が苦手なあなたへ。 バロックは「仮面をかぶれる」音楽です 。 「もっと自分を出して」 「あなたの感情を込めて」 レッスンや本番で、そう言われて固まってしまったことはありませんか。 音楽をしていると、「自己表現」という言葉から逃れられません。 でも、人前で自分の内面をさらけ出すのが、実は少し苦手——そういう方は、決して少なくないと思います。 かくいう私も、そのひとりでした。 今日は、そんな方にこそ知ってほしい、バロック音楽の魅力についてお話しします。 ロマン派は「素顔」、 バロックは「仮面」 音楽の表現には、大きく分けて二つの方向があります。 ロマン派以降の音楽は、作曲家や演奏家が自分の内面をさらけ出す音楽です。 私の喜び、私の苦悩、私の孤独——「私」という個人の感情を、素顔で語る。 だからこそ深く胸を打ちますが、その分、演奏する側は自分の内面を差し出すことを求められます。 一方、バロック音楽が表現するのは、「私」の生の感情ではありません。 個人的な告白ではなく、みんなが共有できる感情の型を、音で描くのです。 これは、仮面劇の仮面によく似ています。 昔の劇では、役者が仮面をつけて舞台に立ちました。 観客は、その仮面を見た瞬間に「ああ、この役は怒っている」「この役は恋をしている」と分かる。 役者自身がどんな人間かは関係ありません。仮面が、感情を代わりに語ってくれるのです。 バロック音楽を演奏するとは、この仮面をかぶることに近いんです。 仮面は、感情を隠す道具ではない ここで、大切なことをひとつ。 「仮面をかぶる」と聞くと、感情を隠す、無表情になる、というイメージを持つかもしれません。 でも、まったく逆です。 仮面は、感情を隠すためではなく、感情をくっきり見せるためのものです。 素顔のままの、曖昧で複雑な感情よりも、「これは喜びです」と示す仮面のほうが、観客にはずっと明確に伝わる。 仮面をかぶることで、かえって大胆に、はっきりと感情を語れるようになります。 自己表現が苦手な方にとって、この構造はとても心強いものだと思います。 バロックでは、自分の内面をさらけ出す必要がありません。その代わりに、作品が持つ感情——その仮面を引き受けて、堂々と語ればいい。 前に立つのは「私」ではなく「作品」です。 自分をさらすのではなく、作品を語る。 主役は私ではなく、音楽そのもの。 そう考えると、少し肩の力が抜けませんか。 ただし、ひとつだけ。仮面をかぶることは、感情を出さなくていい、ということではありません。 仮面の下では、その作品の感情を、全力で語る必要があります。楽をするための仮面ではなく、堂々と語るための仮面です。 自分を出すのが恥ずかしくても、作品の仮面をかぶれば、大胆になれる。 私がバロック音楽を好きな理由のひとつが、まさにここにあります。シャイな人でも、仮面の力を借りて、豊かに、雄弁に語ることができる。バロックは、そういう懐の深さを持った音楽なのです。 この「見え方」を、3日間でお伝えしています.…
