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メサイアの楽しみ方

12月13日から16日まで、久しぶりにスペインでメサイアを演奏してきました。オミクロン株が世間を騒がせ始めた時期にぎりぎりのタイミングで行われたツアーとなり、ペーパーワークやPCR検査に簡易検査の手続きなどで大変ストレスフルでもありました。それでも、団員全員、コロナの陽性検査結果が出ることもなく無事帰国することができ、ホッとしました。(イギリスへ戻って数日後にはスペインが英国からの入国を原則禁止したため、本当にギリギリのタイミングでした。) クリスマスといえばヘンデルのメサイア。日本でそう思っていらっしゃる方って、実質どのくらいいるのでしょう?年末の第九には全く及ばない、のが私の印象です。日本はキリスト教国でもありませんしね。 英語圏では、クリスマスといえばまずメサイアです。12月に入ると、途端に演奏依頼がメサイアのオンパレードになります。カナダに留学していた頃にも、何回かこの時期にメサイアを演奏した覚えがあります。 ですが、カナダでは何故か第二部の最後の曲、つまりハレルヤコーラスがプログラムの最後に来るように曲順が調整されていることがほとんどでした。つまり、第三部の名曲を抜粋して、第二部の間に差し込み、ハレルヤで終了、となっていて、第三部の多くの曲がカットされていました。 一方、イギリスではそんなことはなく、カットする曲はあるにしても(何しろ全て演奏すると長いので)、ちゃんと順番通りに演奏されます。ヘンデルはイギリスではほぼ自国の作曲家扱いなので、妥当なところしょう。 ところで、英語圏では、メサイアの演奏中不思議なことが起こります。 私が初めてカナダでメサイアの演奏を聴きに行った時のこと。ハレルヤコーラスが始まるやいなや、聴衆が客席から次々に起立したのです。郷に入っては郷に従え、ということで私も恐る恐る立ち上がったわけですが、後に、これは英語圏では普通のことで、どうやら『イギリスのジョージ二世が、ハレルヤコーラスの演奏に感動して起立した』ことに由来するらしいという説明を聞くことになりました。王様が立ち上がった場合、もちろん臣下一同が着席したままでいるわけにはいかず、全員が釣られて起立するわけです。・・・とはいうものの、実際には、本当にジョージ二世が感動のあまり起立したのか(単に座り疲れたとか、他の理由だったのかも知れない)、いやそもそも、ジョージ二世が演奏を聴く機会はあったのかなど、この由来に疑問は残ります。 由来はさておいても、長ーい演奏時間の中、しかも後半の半ばあたりで一度足を伸ばせる機会ということで(?)この習慣、英語圏ではなかなかにポピュラーです。イギリスでメサイアを演奏すると、ほぼ100%の確率で、ハレルヤ起立現象が起こります。 では、他の国ではどうなのか? 日本で学生時代にメサイアを演奏する機会がそういえば一度ありましたが、その時には聴衆の皆様は行儀良く最後まで座っていらっしゃいました。日本でも、時々ハレルヤ起立はあるようですが、なにぶん大学在学中に海外へ出てしまったため、日本の現状はよく知りません。 カナダでは起立現象が起きました。ほぼ名目上とはいえ、カナダの君主は一応エリザベス女王陛下、カナダドルには女王陛下が印刷されるような国ですので、まあ妥当かも知れません。ただし、立ち上がるスピードはイギリスほど早くなかった覚えがあります。(私のような新参者が多いお国柄だからかも知れません。) では、最近訪問したスペインはどうか。スペインは、多くのイギリス人が休暇を楽しむ国というばかりでなく、実は定年退職後に老後を過ごすことも多い国だそうです。熱心な信者も多いカトリック教国ということもあり、メサイアの演奏需要はとても高いといえます。しかも、聴くだけではなく、アマチュア合唱団がこぞって参加する、参加型メサイアが大変にポピュラー。イギリスから楽団とプロの室内合唱団を呼び寄せ、現地のアマチュア合唱団と共にコンサート、という形態で、私も過去数回、スペインへ行きました。(これには、メセナ活動を推奨されている大手銀行の資金援助がある、という要因も大きいと思います。) 結論から言うと、スペインではハレルヤ起立現象は起こりません。そういえば、ドイツ留学時代に一度メサイアを演奏したときも、誰も立ち上がりませんでした。もっとも、ドイツのクリスマス音楽はなんと言ってもバッハのクリスマス・オラトリオですので、そもそもメサイアは滅多に演奏されません。恐らく、大陸ヨーロッパではハレルヤ起立はあまり起きないのだと思います。 気がつけば私もイギリスへ移住して10年以上が経過し、英国スタイルのメサイアに随分慣らされました。ハレルヤ起立に関しては賛否両論あるようですが、私はこの習慣、別にいいんじゃないかと思っています。長いコンサートの中、堂々と足を伸ばす機会が持てるわけですし、ついでに、聴衆が能動的に起立することで、ちょっとでも『参加した』感を味わえているのではないかと勘ぐっています。日本で無理に実行するほどのことでもないとは思いますが、もし大多数が立ち上がるようなら、一緒に立ち上がってみても、バチは当たらないのではないでしょうか。

火焔菜(ビーツ)のスープ

火焔菜、と聞いて何のことだかわかる日本人はあまり多くないと思います。私も、国外へ留学するまで全く知りませんでした。ちなみに、日本語訳がわからずGoogleで検索したので、火焔菜という言葉を知ったのは今日です!(威張れない・・・。) 英語圏ではビーツ、またはビートルートという名で流通しているこの野菜、実は砂糖の原料にもなるテンサイの仲間の植物で、赤紫色のカブみたいな形ですが、甘みが強く美味しい根菜です。(ちなみに葉っぱも食べられます。)私はこの火焔菜を、他の野菜と一緒によくスープにしてしまいます。ロシアの方で有名なボルシチ風ではなく、ハンドミキサーで撹拌してしまうので、写真のように美しい(・・・と思うかどうかは人によりけりでしょうけど)赤紫色のスープになります。色は強烈ですが、子供たちが食べてくれるので、うちでは割と頻繁に食卓に登場します。 逆に、日本でよく見るカボチャはイギリスでは滅多に見ない高級品。甘いカボチャのスープが食べたいと思っても、そもそもあまり売っていないか、異様に高いのであまり買いません。イギリスや北米で「パンプキン」というと、形は似ていてもオレンジ色、つまりハロウィンにくり抜いてカボチャのランタンを作るのに使うものを指します。もちろん食べられますが、大きくて切るのに苦労する割に甘味は少なくて、私はあまり美味しいと思ったことはありません・・・。 さて火焔菜に戻りますが、スーパーなどでは、なぜか皮を剥いてすでに加熱してあるものを真空パックで売っていたりもします。これはもう、そのまま切ってサラダなどに入れたり、メインディッシュの脇役としていただいたりするようですが、やはり新鮮な茹でたてと比べると味が落ちる上に、私の好きな葉の部分も付いてこないので滅多に使いません。皮さえ剥けば生でも食べられるので、千切りにしてサラダに入れてもシャキシャキして美味しく、また彩りを添えてくれる優れものです。最近は、これをスパゲティ状にカットしてパスタの代わりに使う人もいるようです。 このように、私の大好きな火焔菜ですが、実は欠点が一つあります。元凶はこの強烈な色。調理する際はきちんとエプロンを着け、ハンドミキサーでスープを攪拌する際には飛び散らないように細心の注意を払わないと、赤紫のシミが至る所にへばり付くことになります。もしこの野菜をお手に取る際にはご注意ください。

テレマンのカノンをご一緒しませんか?

昨年からのロックダウンの影響で、イギリスの大学ではほとんどの授業がオンライン化されました。必修科目ではないバロック・ヴァイオリンのクラスもその煽りを受け、グループレッスンなのにオンラインクラスという多少無茶な状況となり、どうしたものかと頭を捻った結果作ったのが以下のヴィデオです。 G.P.テレマンのカノン風ソナタ第1番(TWV40:118)は、私も普段からよく生徒さんと一緒に弾いていました。これを私が1人で録音し、生徒さんには各自自宅でこのヴィデオの中の私と一緒に弾いてもらおうという試みです。せっかく録音したので、こちらでシェアすることにしました。バロックピッチであるA=415Hzの録音となっていますので、その点ご注意下さい。 ボーイングを私が入れた楽譜は以下のリンクからダウンロードできます。 慣れていない方には多少読みにくいかもしれませんので、楽譜を読む上での注意点を以下に箇条書きにします。もちろん、自前の楽譜を持っていらっしゃる方はそちらをお使いいただいても全く問題ありません。 ・ト音記号の右上についているXは、シャープ記号です。よって、これは調号がF#のト長調ということです。曲中にもこのXサインがシャープの代わりに使われています。 ・2小節目の上に、アルファベットのSの右上と左下に・のついたサインがあります。これはセカンドパート奏者(この場合は演奏される皆さん)への、カノンのファーストパート奏者がこの小節でたどり着いたところで頭から弾き始めてください、というサインです。つまり、ヴィデオの中の私が2小説目の2拍めを弾くタイミングと、皆さんが1番初めのレの音を弾くタイミングが一緒、ということになります。要するに、このカノンは1小節後からセカンドパートがファーストをおいかける形になります。続く2、3楽章も同じ要領で初めてください。少しでも楽しんでいただければ幸いです。

えびす塾オンライン・チャリティーコンサートへのお誘い

人生は何があるかわからないもので、大学生の頃には結婚する気も子供を持つ気もなかった私が、なぜか今はイギリスで、2児の母をしています。 たまたま妊娠中にお互い診察時間が隣り合わせだったため知り合った日本人女性のご家族と交流が始まり、そこからバーミンガムにも日本人コミュニティと子供向けの日本語教育の場が存在することを知りました。 ロンドンに日本人コミュニティがあることは前から知っていましたが、バーミンガム周辺にも日本人の方々が意外と多く住んでいらっしゃいます。そんな中、子供達に日本語と日本文化を学んでもらいたいというお父さんお母さんたちが集まり、協力して運営されているのが、幼児向けの「きりんさん会」、日本だと幼稚園の年齢の子供達が集まる「あさひくん」、そして学齢に達した子供達の日本語教育を毎週土曜日に行う「えびす塾」です。日本語の児童書を借りることのできる「きりんさん文庫」も併設されていて、たくさんの絵本を借りることができるのも魅力です。 私の子供達も、「きりんさん会」からお世話になり、上の子は去年から1年生として「えびす塾」に入学しました。 「えびす塾」では、できるだけ多くの皆さんに参加してもらうことと、親同士、子供同士の交流を促進するために授業料は低く設定され、季節ごとに「夏祭り」「運動会」や「新年会」などの行事を行い、その時のバザーや日本食の売上などから運営費を補填してきました。また、ダービシャーやロンドンにある他の補修校と違って、日本の教科書に沿った指導をしつつも、子供達のペースに合わせた少人数制の授業をしているのが特色です。 しかし、コロナウィルスの影響で昨年からこれらの季節行事やバザーを行うこともできず、昨年度からオンライン授業が続いています。このままでは今後の活動費の見通しが立たずに、えびす塾の存続が難しくなるかも知れません。そこで、えびす塾の財政状況を改善し、バーミンガム周辺に住む日本人家族や子供達にとって大切な教育と交流の場を存続させるために、微力ながらチャリティーコンサートを企画いたしました。ロックダウンが続く中での自宅録音となっていることをご了承ください。主人と子供達にも協力してもらい、聴きやすく、子供達にも親しんでもらえるプログラムを考えてみましたので、覗いてみていただけたら幸いです。オンラインコンサートの収入は、手数料を除いた全額をえびす塾へ寄付させていただきます。コンサートページへは、以下のリンクをお使いください、宜しくお願いいたします。    ~ピリオド楽器で楽しむ古典派のデュエット~ ヴァイオリン:髙橋未希 ヴィオラ:アダム・レーマー プログラム W.A.モーツァルト: ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏 ト長調 ケッヘル423 アレグロ アダージョ アレグロ 子供達と、かえるの歌 F.A.ホーフマイスター: ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏 作品19 第5番 アダージョ アレグロ W.A.モーツァルト:イヴォンヌ・モルガン編曲によるヴァイオリンとヴィオラのためのアリア、魔笛より

初心にかえる

初心にかえるー楽器の持ち方 先日、イギリスのベネデッティ財団主催による、音楽教師のためのオンラインミニ講習会に参加しました。時間のあるこの時期に、自分の指導の仕方について見直してみようと思ったのがきっかけです。ロックダウンのため娘のヴァイオリン指導も結局は私がやっているため、その面でも大変勉強になる講習会になりました。(普段は高校、大学生レベルの生徒さんのことが多いので) もちろんこれはモダン楽器奏者による講習なので、具体的な技術は古楽器と違う面も多いのですが、人に教える際には共通項がたくさんあります。 第一回目のテーマは『セットアップ』について。要するに、初心者、または悪い癖のついてしまった生徒さんの楽器や弓の持ち方などをどうやってより良い方向へ導くのか、ということですね。 このトピック、実は初心者に限らずとても重要です。子供達の場合は体の成長に合わせてたえず楽器の持ち方や基本の運弓を見直す必要がありますし、大人になって体の成長が止まっても、妊娠出産(実際に経験した方はご存知と思いますが、立ち方も変われば関節の柔らかさも変わってしまうという大イベント)はもちろん、加齢による身体能力の変化や関節の動きやすさ、さらには習慣による体の変化など、ほんの少しの違いでも、年月を経て大きな違いになって出てくることはザラです。 ほとんどの場合、バロック・ヴァイオリン奏者は、モダン・ヴァイオリン/ヴィオラから転向してきます。その際に、楽器の持ち方の『リセット』を経験していらっしゃるので、感覚的になぜそれが重要なのか知っている方も多いはずです。先生や地域によって差があるとは思いますが、子供の時と違って自分で意識的にセットアップを見直すことになるため、バロック楽器奏者は自分の体と楽器との対話をより多く行ないます。そして、多くの場合、一度『リセット』したら終わり、というものではなく、自分と楽器に合わせて『リセットし続ける』こともわりと普通に捉えています。 ミニ講習会では、ではその『リセット』をどのように生徒に促していくのか、具体的なテクニックについてお話を聞きました。細かいことは省きますが、 楽器を下ろして持ち直す動作をできるだけ多くすること が重要だそうです。特に子供達の場合、楽器や弓を強く握りしめてしまうことがよくありますよね。それに、習慣というのはなかなか頑固で、せっかくリセットした楽器の持ち方も、弾いているうちに、リセット前の持ち方に戻ってしまうことがほとんどです。このような時に、細かく説明して指導することも場合によっては必要かもしれませんが、多くの場合、単純に楽器を近くのテーブルなどに一度置いて、また持ち直す『ミニ・リセット』が効果的だというのです。 そういえば、私も本番中に体の一部に力が入ってしまった時、一瞬だけ力を抜いてリセットすることがあります。弾いている間に楽器を下ろすことはできないので、感覚だけで処理する『マイクロ・リセット』とでも言いましょうか。緊張状態にあるとき、具体的に腕のどの筋肉に力が入ってしまっているのかわかる人は少ないでしょう。例えピンポイントで分かったとしても、ではその筋肉だけをリラックスさせられる人は・・・ええと、いるのかもしれませんが、殆どの人には無理かと思います。そもそも、演奏中にそんなことを考えている暇はありません。『この状態はよくない』と思った時に、パッと一瞬力を抜いてリセットする方が遥かに楽です。 このテクニックには応用編があって、特定の部位の力を抜くことが難しい時、一度全身に力を入れてから弛緩させると一緒にリラックスできます。演奏中には難しいですが、体に力の入りやすい方は、練習中に是非試してみてください。(これはカナダに留学中にパフォーマンスクラスで習いました。) 話がそれましたが、講習会ではさらに、習い始めの時期に焦らないことも強調されていました。子供達の場合、イギリスではグループレッスンになることが多いのですが、半年間くらい開放弦ばかり弾くことになっても良いと言うのです。確かに、ヴァイオリンは音をきれいに出すのが難しい楽器ですし、左手も重力に逆らった上に捻って使うので、慣れるまでには時間がかかります。開放弦ばかり弾いて左手は何もしない訳ではなく、いろいろなエクササイズを通して左手の使い方も学びながら、時間をかけてセットアップをきちんとした方が、その後の上達が早いということですね。娘のヴァイオリン教本に、何故か左手のピッツィカートやハーモニクスなどの練習があり不思議に思っていましたが、これらもどうやら左手のセットアップのためにある練習だということがこの講習会で分かりました。 スズキなどで、子供達が何巻目のどの曲まで進んだかを競い合うことがありますが、あまりそういうことにこだわると、基本のテクニックが確立されないまま曲だけ弾けるようになっていき、レベルが上がってきたところでつまづいてしまう可能性が高くなります。学校側のカリキュラムの都合や生徒さんの親の要求に板挟みになる先生方も多く、これはなかなかに改善の難しい領域ではありますが・・・。ベネデッティ財団では、セットアップの重要さについても『布教』を試みているようですので、今後、教育現場でのこの面での理解が深まっていくことを期待します。 どんな分野でもそうですが、基本は大切であるということを学び直すきっかけとなった講習会でした。

弦の張力について

 最近、弦の鳴りが悪い気がしたので、久しぶりに弦の張力について見直してみることにしたのが2週間前。2日目には、パンドラの箱を開けてしまったことに気がついたのでした・・・。  そもそも、バロック時代に使用されていた弦の太さについてのリサーチには諸説があり、全部をトライしようとすると金額的にも時間的にも大変なことになります。ヨーロッパの一部では、かなり太めのE線を使うかたが結構いらっしゃいますが、私の楽器で試してみると合わなかったので(そういえば5年くらい前にも同じようなことを試したと、その後思い出しました。)E線のゲージは据え置き、2週間かけて残りの弦をどうするか今調整中です。  ヨーロッパでは場所によってあまり普及していないようですが、イギリスでは公式にイコール・テンションを取り入れているアンサンブルがいくつかあり、それに少し近いイコール・フィール・テンションをもとに弦のゲージを決めていらっしゃる奏者がかなりいます。  聞いただけではなんのことやら分かりませんが、要するに弦の張力を各弦で均等にする、というのがイコール・テンションになります。ロンドン在住のオリバー・ウェッバーが以下のサイトで説明しています。  ちなみに、モダン・ヴァイオリンの弦の張力はE線が最も高く、低い弦になるにつれて低く設定されています。お恥ずかしい話ですが、モダンヴァイオリンを専攻していた学生時代、楽器店で弦を購入する際に、弦にゲージが存在することは見ていたものの、実際にゲージを調節した経験はありませんでした。先生方や友人たちとも、弦のゲージについて議論する機会がなかったということは、当時はあまり重要視されていない要素だったということでしょう。現在でも、モダン楽器の弦のゲージについて意識していらっしゃる方はそう多く無いかと思います。  さて、肝心のイコール・テンションですが、ダウランドやレオポルド・モーツァルト(『ヴァイオリン奏法』の第1節の4に記述があります。)が提唱する理論によると、隣り合った弦(例えばA線とE線)の低い方の弦は、高い方の弦の1.5倍の太さであるべき、ということだそうです。つまり、E線のゲージが58なら、A線は87、D線は130、G線は195になるということですね。  ゲージ195のG線!!!  裸ガットにすると、ものすごく太いです。そもそも、弦が太すぎてテールピースの穴に入らない、という事態まで起こります。流石にちょっと弾きにくい、というのが私の感想です。私の同僚の多くも、さすがにここまで太いG線を使う方は少数派です。G線は巻線を使うにしても、D線だって130。なかなかの太さです。対応方法は2つ。  まず当たり前ですが、E線を細くしていけば全体の数値が下がります。E線のゲージを54にすれば、G線は180くらいですみます。・・・それでも180です。そして、ゲージ54のE線は、・・・当然、よく切れます。  そこで、1.5倍という過激な掛け算ではなく、少し緩めに行こう、なぜなら太めの弦は張り替えてからの伸び率が少し少ないし、指で押さえたときのフィーリングが違う。だから、掛け算の数値は1.43で良い!というのが一説。これについては、私も科学的、歴史的実証があるのか謎だと思っていますが、使いやすさからこの説を採用している方がいらっしゃいます。私も一時期使っていました。  上記の方法をイコール・フィールのシステムとして認めるかどうかはともかく、イコール・フィールの目指すところはそのまま、弦を押さえたときの感覚を各弦で均一にすることです。それをもう少し科学的にしたのが、イタリアのガット弦メーカーであるアクィラ社の提唱するイコールフィール。こちらは、実際にバロック時代の証言をもとに、弦の伸び率を考慮して実験を重ねた結果のようです。リンクはこちら。  ちなみに、アクィラ社のイコール・フィールは、“ノーマル“セットでゲージが64−91−124−180とあります。  一方で、ドミトリー・バディアロフは、イコール・テンションもイコール・フィールも、共に、歴史的、科学的に正しく無いのではないか、と言っているようです。弦の太さは確かに重要ですが、イコール・テンションの簡単な1.5倍や、イコール・フィールのシステムは、駒のないリュート向けであり、ヴァイオリンの駒やテールピースのカーブを考慮していない・・・。確かに、それはそうですよね。ページに数式が入って少しややこしいですが、彼の意見はこちら。  こうなってくると、自分の楽器の駒やテールピースの角度に合わせて数式を解く世界になってしまいます。とりあえず、まず自分の楽器で正確な数値を測るところからして、私には無理です。ということで、バディアロフ氏のアドバイスは、 “In order to balance the instrument in both the longitudinal tension and the downward pressure, the middle strings must be thinner and the outer…

楽器と奏法、どちらから入る?

 以前のブログで、バロックヴァイオリンとモダンヴァイオリンの違いについて書きましたが、楽器がバロックヴァイオリンであれば自然にバロックの奏法になるわけではありません。いくら楽器が限りなくバロック時代のものに近くとも、奏者がモダンヴァイオリンの技術を使って演奏すると、モダン楽器を演奏しているのと結果はあまりかわりません。奏者の技術が高ければ高いほど、楽器の「欠点」を技術力で補ってしまい、「少し弾きにくいヴァイオリンで普段通りの演奏をする」形になります。このような例は古楽演奏習慣の普及に伴って最近減りましたが、私が学生の頃にはモダン演奏とどこが違うのか全くわからない、「バロック楽器を使用した」コレッリのヴァイオリンソナタのレコーディングに行き当たったことがあります。  逆をいえば、モダン楽器を使用していても、コンセプトさえおさえていれば、モダン楽器でバロックのレパートリーを当時のスタイルに基づいて演奏することは可能です。私見ですが、アンサンブル単位や、プログラムの都合上一時的にスタイルを学ぶ場合、バロック楽器に触れることも大切ではありますが、本番では使い慣れた楽器を使った方が良いと考えます。ほとんどのヴァイオリニストは幼少期から楽器に触れている、いわばモダン楽器のエキスパートなわけで、その技術力を応用する方が、いきなり見知らぬ(そして大抵の場合クオリティの低い)バロック楽器を使うよりも話が早いと言うわけです。容れ物より中身、ということですね。  また、予算などの関係で中間をとって、モダン楽器はそのままで、弓だけバロック弓に持ち替えて演奏する場合も見かけます。確かにバロック奏法の1番の違いは弓の扱い方だと思うので、効率の良い方法ではあるかもしれませんが、先に弓だけ替えて後からバロックヴァイオリンを購入するプランはあまりお勧めできません。何故なら、モダン楽器に合う弓と、バロックヴァイオリンに合う弓は違うので、弓を二度買いすることになるからです!  その昔、ヴァンクーヴァー古楽音楽祭で夏季講習を受けた際、指導にあたられていた先生曰く、楽器と弓のコンビネーションはソフト+ハードが基本。モダンヴァイオリンは「ハード」、モダン弓は「ソフト」、バロックヴァイオリンは「ソフト」、バロック弓は「ハード」と考えると、モダン楽器にバロック弓のコンビネーションはハード+ハードになってしまうのであまりお勧めしない、とのこと。実際にどちらの楽器にも触れたことのある方には、イメージしやすい例えだと思います。  ここまで読むと、「では本当に古楽演奏習慣を学ぶには、良い楽器と弓を買い直さなくてはならない。ハードルが高すぎる。」と思われる方もいらっしゃるかも知れません。ですが、ヴァイオリン奏者がある日、チェロを学びたいと思った場合、ヴァイオリンを使ってチェロの練習はできませんよね。ヴァイオリンはヴァイオリンでも、モダンとバロックは「違う楽器」と捉えてしまえば、そんなにハードルの高いことではないかと思います。先程の例ならば、チェロに興味を持って「学びたい」と思ったら、まず楽器を借りてみることが可能です。私も、大学時代に古楽をやってみたいと思った時は、まず初めに人伝に楽器を借りてトライし、その後は大学から1年間楽器を借りて研鑽を積みました。やはり、バロックヴァイオリンに触れることで学べることはたくさんあるので、奏法について学ぶ最中に良い楽器を借りて弾くことは、貴重な経験になります。  とはいえ、まず古楽に親しんでみたいと思われる方、またはモダン楽器の奏法でバロックのレパートリーを弾くことに納得がいかない、誠実なミュージシャンの方に1番お伝えしたいのは、楽器を揃えることよりも、ソフト面にあたる奏法の方が遥かに重要だということです。中には、あえてモダン楽器の特性を活かしたまま古楽演奏習慣をうまく取り入れて演奏活動に励んでいらっしゃる方も見かけます。もちろん、奏法を学ぶうちにモダン楽器では物足りなくなってバロックヴァイオリンを購入する、ということも十分ありえますし、歓迎したいところです。この経路を辿れば、バロック弓の二度買いも防げますし、そうなる頃には楽器を買うだけのコミットメントを躊躇うことはないでしょう。

バロックとモダンヴァイオリンの違い

ウェブサイトのリニューアルにあたり、削除されてしまっていたバロックとモダンバイオリンの違いについて、大分前に書いたものになりますが、少し手を加えてここに掲載します。 見た目からいくと、バロック奏者は基本的に顎あてを使いません(使う人もいますが、遠慮がちに小さめのものだったりします)。弦は、E線からG線までガット弦の場合もあれいば、E線とA線はオープンガット弦(外側に銀線を巻いていないガット弦です)で、G線はモダンでも使われている、外側を銀線でカバーしたガット弦、D線はどちらもありですが、銀線を数本巻き込んだオープンガット弦を使う人もいます。ガット弦とは、基本羊の腸を撚って作ったもので、だいたい黄色っぽい外見になります。 ずっと文章だとわかりにくいので箇条書きにします。バロック楽器はモダンに比べると、 1、駒が低めで、カーブも緩やか。 2、ネックが楽器の胴体に対して水平に取り付けられている。(モダンは弦の張力を上げるためちょっと斜めになっています)これに伴って、指板が弦の上昇に合わせるように取り付けられています。 3、魂柱(楽器の中に立っている小さな柱のようなもの。実は弦の張力を楽器の中から支えている)が少し細い。 4、バス・バーと呼ばれる、楽器の表板の裏側についている棒状のもの(上手く説明できませんが・・・)が細く、短い。 5、これは楽器の注文主によって違いますが、指板が短い。 という違いがあります。とはいえ、楽器の基本構造は、400年来全く変わっていません。 相方の弓ですが、これは時代によっていろいろな型があり、人にもよりますが、プロは基本的に3種類くらい取り揃えています。(勿論、もっと大量に持っている人はたくさんいますが) 時代の早いものから、 1、短めの早期バロック用 2、ちょっと長めで、後期バロックソナタ用 3、古典派時代に使われたもの の3つ。1、2、は現代の弓とは逆に、カーブはアーチ型、3は初期では殆どまっすぐのものもありますが、S字型になったりと、モダンに近い形になってきます。 これらの違いが変えるのは、出てくる音量と音質です。(楽器5の指板の長さは、単に昔はあまり高いポジションを使わなかったからですが) バロック楽器は、 1、音量が小さめ 2、高めの倍音が多く聴こえるせいか、線の細い音がする 3、実は、モダン楽器より雑音が多い(バロッックの方が柔らかい音がすると思う人がけっこう多いですが、実はモダン楽器は極力音が滑らかに、そして均一に出るように改造されていて、雑音はとても少ないです。チェンバロの音を想像してみてください。ピアノの方が滑らかですよね。) 3は意外に思うかも知れませんが、バロック時代は一つ一つの音の表情がとても豊かである事が美しい音楽の条件だったようで、均一な音を作る事は当時の美意識に反していたのだと思います。調律の仕方も違った結果、それぞれの調声に違った性格があるのも常識でした。ただ、フレージングが”うた”や“かたり”に近く親しみやすいので、結果柔らかく聴こえるのかも知れません。 以上、ちょっと長くなってしまいましたが、概要です。

バロックヴァイオリニスト?

このウェブサイトを開いて、なぜ名前の下に”Historical Violinist”とあるのか、気になった方はいらっしゃいませんか? 実は、バロックヴァイオリン奏者、というのは少々誤解を招く言い方です。そもそも古楽演奏習慣(この言葉についてはまた別の機会に説明します。)についてのリサーチが始まった時代には、ずばりバロック音楽の演奏習慣についての研究と試みが主だったために、バロック時代に用いられていた楽器、または楽器のコピーを使用して演奏するヴァイオリニストを、バロック ヴァイオリニストと言い始めたのが恐らく始まりでしょう。 ですが、実際には殆どの「バロックヴァイオリニスト」はバロック時代からロマン派まで、各時代にふさわしい楽器を使っての演奏活動を行なっています。バロックヴァイオリニストだからといって、バロック時代の音楽しか演奏しないわけではないのです!より正確な表現にすれば“Historical Violinist”-ヒストリカル ヴァイオリニスト(もしくはPeriod-ピリオドという表現も使われます)になるのですが、この言葉、まだ一般の方には馴染みが薄いと思うので、便宜的に通りの良いバロックヴァイオリニスト、という表現を選びました。 突き詰めていくとなかなか奥が深い古楽の世界ですが、初めは難しいことは考えず、気楽に楽しんでいただけたら幸いです。上記の事情はともあれ、少なくとも私のメインレパートリーはやはりバロック音楽。たった一楽章で演奏時間が20分を上回ることの多いロマン派の音楽と違って、バロック音楽は1曲の演奏時間が短く(物によっては30秒以下から、どんなに長くても13分くらい)、しかも曲のキャラクターがわりとはっきりしています。ある意味、ポピュラーミュージックにより近くわかりやすいと考えると、聞いてみたくなってきませんか?

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