初心にかえる

初心にかえるー楽器の持ち方

先日、イギリスのベネデッティ財団主催による、音楽教師のためのオンラインミニ講習会に参加しました。時間のあるこの時期に、自分の指導の仕方について見直してみようと思ったのがきっかけです。ロックダウンのため娘のヴァイオリン指導も結局は私がやっているため、その面でも大変勉強になる講習会になりました。(普段は高校、大学生レベルの生徒さんのことが多いので)

もちろんこれはモダン楽器奏者による講習なので、具体的な技術は古楽器と違う面も多いのですが、人に教える際には共通項がたくさんあります。

第一回目のテーマは『セットアップ』について。要するに、初心者、または悪い癖のついてしまった生徒さんの楽器や弓の持ち方などをどうやってより良い方向へ導くのか、ということですね。

このトピック、実は初心者に限らずとても重要です。子供達の場合は体の成長に合わせてたえず楽器の持ち方や基本の運弓を見直す必要がありますし、大人になって体の成長が止まっても、妊娠出産(実際に経験した方はご存知と思いますが、立ち方も変われば関節の柔らかさも変わってしまうという大イベント)はもちろん、加齢による身体能力の変化や関節の動きやすさ、さらには習慣による体の変化など、ほんの少しの違いでも、年月を経て大きな違いになって出てくることはザラです。

ほとんどの場合、バロック・ヴァイオリン奏者は、モダン・ヴァイオリン/ヴィオラから転向してきます。その際に、楽器の持ち方の『リセット』を経験していらっしゃるので、感覚的になぜそれが重要なのか知っている方も多いはずです。先生や地域によって差があるとは思いますが、子供の時と違って自分で意識的にセットアップを見直すことになるため、バロック楽器奏者は自分の体と楽器との対話をより多く行ないます。そして、多くの場合、一度『リセット』したら終わり、というものではなく、自分と楽器に合わせて『リセットし続ける』こともわりと普通に捉えています。

ミニ講習会では、ではその『リセット』をどのように生徒に促していくのか、具体的なテクニックについてお話を聞きました。細かいことは省きますが、

楽器を下ろして持ち直す動作をできるだけ多くすること

が重要だそうです。特に子供達の場合、楽器や弓を強く握りしめてしまうことがよくありますよね。それに、習慣というのはなかなか頑固で、せっかくリセットした楽器の持ち方も、弾いているうちに、リセット前の持ち方に戻ってしまうことがほとんどです。このような時に、細かく説明して指導することも場合によっては必要かもしれませんが、多くの場合、単純に楽器を近くのテーブルなどに一度置いて、また持ち直す『ミニ・リセット』が効果的だというのです。

そういえば、私も本番中に体の一部に力が入ってしまった時、一瞬だけ力を抜いてリセットすることがあります。弾いている間に楽器を下ろすことはできないので、感覚だけで処理する『マイクロ・リセット』とでも言いましょうか。緊張状態にあるとき、具体的に腕のどの筋肉に力が入ってしまっているのかわかる人は少ないでしょう。例えピンポイントで分かったとしても、ではその筋肉だけをリラックスさせられる人は・・・ええと、いるのかもしれませんが、殆どの人には無理かと思います。そもそも、演奏中にそんなことを考えている暇はありません。『この状態はよくない』と思った時に、パッと一瞬力を抜いてリセットする方が遥かに楽です。

このテクニックには応用編があって、特定の部位の力を抜くことが難しい時、一度全身に力を入れてから弛緩させると一緒にリラックスできます。演奏中には難しいですが、体に力の入りやすい方は、練習中に是非試してみてください。(これはカナダに留学中にパフォーマンスクラスで習いました。)

話がそれましたが、講習会ではさらに、習い始めの時期に焦らないことも強調されていました。子供達の場合、イギリスではグループレッスンになることが多いのですが、半年間くらい開放弦ばかり弾くことになっても良いと言うのです。確かに、ヴァイオリンは音をきれいに出すのが難しい楽器ですし、左手も重力に逆らった上に捻って使うので、慣れるまでには時間がかかります。開放弦ばかり弾いて左手は何もしない訳ではなく、いろいろなエクササイズを通して左手の使い方も学びながら、時間をかけてセットアップをきちんとした方が、その後の上達が早いということですね。娘のヴァイオリン教本に、何故か左手のピッツィカートやハーモニクスなどの練習があり不思議に思っていましたが、これらもどうやら左手のセットアップのためにある練習だということがこの講習会で分かりました。

スズキなどで、子供達が何巻目のどの曲まで進んだかを競い合うことがありますが、あまりそういうことにこだわると、基本のテクニックが確立されないまま曲だけ弾けるようになっていき、レベルが上がってきたところでつまづいてしまう可能性が高くなります。学校側のカリキュラムの都合や生徒さんの親の要求に板挟みになる先生方も多く、これはなかなかに改善の難しい領域ではありますが・・・。ベネデッティ財団では、セットアップの重要さについても『布教』を試みているようですので、今後、教育現場でのこの面での理解が深まっていくことを期待します。

どんな分野でもそうですが、基本は大切であるということを学び直すきっかけとなった講習会でした。

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