Category 古楽演奏習慣

テレマンのカノンをご一緒しませんか?

昨年からのロックダウンの影響で、イギリスの大学ではほとんどの授業がオンライン化されました。必修科目ではないバロック・ヴァイオリンのクラスもその煽りを受け、グループレッスンなのにオンラインクラスという多少無茶な状況となり、どうしたものかと頭を捻った結果作ったのが以下のヴィデオです。 G.P.テレマンのカノン風ソナタ第1番(TWV40:118)は、私も普段からよく生徒さんと一緒に弾いていました。これを私が1人で録音し、生徒さんには各自自宅でこのヴィデオの中の私と一緒に弾いてもらおうという試みです。せっかく録音したので、こちらでシェアすることにしました。バロックピッチであるA=415Hzの録音となっていますので、その点ご注意下さい。 ボーイングを私が入れた楽譜は以下のリンクからダウンロードできます。 慣れていない方には多少読みにくいかもしれませんので、楽譜を読む上での注意点を以下に箇条書きにします。もちろん、自前の楽譜を持っていらっしゃる方はそちらをお使いいただいても全く問題ありません。 ・ト音記号の右上についているXは、シャープ記号です。よって、これは調号がF#のト長調ということです。曲中にもこのXサインがシャープの代わりに使われています。 ・2小節目の上に、アルファベットのSの右上と左下に・のついたサインがあります。これはセカンドパート奏者(この場合は演奏される皆さん)への、カノンのファーストパート奏者がこの小節でたどり着いたところで頭から弾き始めてください、というサインです。つまり、ヴィデオの中の私が2小説目の2拍めを弾くタイミングと、皆さんが1番初めのレの音を弾くタイミングが一緒、ということになります。要するに、このカノンは1小節後からセカンドパートがファーストをおいかける形になります。続く2、3楽章も同じ要領で初めてください。少しでも楽しんでいただければ幸いです。

弦の張力について

 最近、弦の鳴りが悪い気がしたので、久しぶりに弦の張力について見直してみることにしたのが2週間前。2日目には、パンドラの箱を開けてしまったことに気がついたのでした・・・。  そもそも、バロック時代に使用されていた弦の太さについてのリサーチには諸説があり、全部をトライしようとすると金額的にも時間的にも大変なことになります。ヨーロッパの一部では、かなり太めのE線を使うかたが結構いらっしゃいますが、私の楽器で試してみると合わなかったので(そういえば5年くらい前にも同じようなことを試したと、その後思い出しました。)E線のゲージは据え置き、2週間かけて残りの弦をどうするか今調整中です。  ヨーロッパでは場所によってあまり普及していないようですが、イギリスでは公式にイコール・テンションを取り入れているアンサンブルがいくつかあり、それに少し近いイコール・フィール・テンションをもとに弦のゲージを決めていらっしゃる奏者がかなりいます。  聞いただけではなんのことやら分かりませんが、要するに弦の張力を各弦で均等にする、というのがイコール・テンションになります。ロンドン在住のオリバー・ウェッバーが以下のサイトで説明しています。  ちなみに、モダン・ヴァイオリンの弦の張力はE線が最も高く、低い弦になるにつれて低く設定されています。お恥ずかしい話ですが、モダンヴァイオリンを専攻していた学生時代、楽器店で弦を購入する際に、弦にゲージが存在することは見ていたものの、実際にゲージを調節した経験はありませんでした。先生方や友人たちとも、弦のゲージについて議論する機会がなかったということは、当時はあまり重要視されていない要素だったということでしょう。現在でも、モダン楽器の弦のゲージについて意識していらっしゃる方はそう多く無いかと思います。  さて、肝心のイコール・テンションですが、ダウランドやレオポルド・モーツァルト(『ヴァイオリン奏法』の第1節の4に記述があります。)が提唱する理論によると、隣り合った弦(例えばA線とE線)の低い方の弦は、高い方の弦の1.5倍の太さであるべき、ということだそうです。つまり、E線のゲージが58なら、A線は87、D線は130、G線は195になるということですね。  ゲージ195のG線!!!  裸ガットにすると、ものすごく太いです。そもそも、弦が太すぎてテールピースの穴に入らない、という事態まで起こります。流石にちょっと弾きにくい、というのが私の感想です。私の同僚の多くも、さすがにここまで太いG線を使う方は少数派です。G線は巻線を使うにしても、D線だって130。なかなかの太さです。対応方法は2つ。  まず当たり前ですが、E線を細くしていけば全体の数値が下がります。E線のゲージを54にすれば、G線は180くらいですみます。・・・それでも180です。そして、ゲージ54のE線は、・・・当然、よく切れます。  そこで、1.5倍という過激な掛け算ではなく、少し緩めに行こう、なぜなら太めの弦は張り替えてからの伸び率が少し少ないし、指で押さえたときのフィーリングが違う。だから、掛け算の数値は1.43で良い!というのが一説。これについては、私も科学的、歴史的実証があるのか謎だと思っていますが、使いやすさからこの説を採用している方がいらっしゃいます。私も一時期使っていました。  上記の方法をイコール・フィールのシステムとして認めるかどうかはともかく、イコール・フィールの目指すところはそのまま、弦を押さえたときの感覚を各弦で均一にすることです。それをもう少し科学的にしたのが、イタリアのガット弦メーカーであるアクィラ社の提唱するイコールフィール。こちらは、実際にバロック時代の証言をもとに、弦の伸び率を考慮して実験を重ねた結果のようです。リンクはこちら。  ちなみに、アクィラ社のイコール・フィールは、“ノーマル“セットでゲージが64−91−124−180とあります。  一方で、ドミトリー・バディアロフは、イコール・テンションもイコール・フィールも、共に、歴史的、科学的に正しく無いのではないか、と言っているようです。弦の太さは確かに重要ですが、イコール・テンションの簡単な1.5倍や、イコール・フィールのシステムは、駒のないリュート向けであり、ヴァイオリンの駒やテールピースのカーブを考慮していない・・・。確かに、それはそうですよね。ページに数式が入って少しややこしいですが、彼の意見はこちら。  こうなってくると、自分の楽器の駒やテールピースの角度に合わせて数式を解く世界になってしまいます。とりあえず、まず自分の楽器で正確な数値を測るところからして、私には無理です。ということで、バディアロフ氏のアドバイスは、 “In order to balance the instrument in both the longitudinal tension and the downward pressure, the middle strings must be thinner and the outer…

楽器と奏法、どちらから入る?

 以前のブログで、バロックヴァイオリンとモダンヴァイオリンの違いについて書きましたが、楽器がバロックヴァイオリンであれば自然にバロックの奏法になるわけではありません。いくら楽器が限りなくバロック時代のものに近くとも、奏者がモダンヴァイオリンの技術を使って演奏すると、モダン楽器を演奏しているのと結果はあまりかわりません。奏者の技術が高ければ高いほど、楽器の「欠点」を技術力で補ってしまい、「少し弾きにくいヴァイオリンで普段通りの演奏をする」形になります。このような例は古楽演奏習慣の普及に伴って最近減りましたが、私が学生の頃にはモダン演奏とどこが違うのか全くわからない、「バロック楽器を使用した」コレッリのヴァイオリンソナタのレコーディングに行き当たったことがあります。  逆をいえば、モダン楽器を使用していても、コンセプトさえおさえていれば、モダン楽器でバロックのレパートリーを当時のスタイルに基づいて演奏することは可能です。私見ですが、アンサンブル単位や、プログラムの都合上一時的にスタイルを学ぶ場合、バロック楽器に触れることも大切ではありますが、本番では使い慣れた楽器を使った方が良いと考えます。ほとんどのヴァイオリニストは幼少期から楽器に触れている、いわばモダン楽器のエキスパートなわけで、その技術力を応用する方が、いきなり見知らぬ(そして大抵の場合クオリティの低い)バロック楽器を使うよりも話が早いと言うわけです。容れ物より中身、ということですね。  また、予算などの関係で中間をとって、モダン楽器はそのままで、弓だけバロック弓に持ち替えて演奏する場合も見かけます。確かにバロック奏法の1番の違いは弓の扱い方だと思うので、効率の良い方法ではあるかもしれませんが、先に弓だけ替えて後からバロックヴァイオリンを購入するプランはあまりお勧めできません。何故なら、モダン楽器に合う弓と、バロックヴァイオリンに合う弓は違うので、弓を二度買いすることになるからです!  その昔、ヴァンクーヴァー古楽音楽祭で夏季講習を受けた際、指導にあたられていた先生曰く、楽器と弓のコンビネーションはソフト+ハードが基本。モダンヴァイオリンは「ハード」、モダン弓は「ソフト」、バロックヴァイオリンは「ソフト」、バロック弓は「ハード」と考えると、モダン楽器にバロック弓のコンビネーションはハード+ハードになってしまうのであまりお勧めしない、とのこと。実際にどちらの楽器にも触れたことのある方には、イメージしやすい例えだと思います。  ここまで読むと、「では本当に古楽演奏習慣を学ぶには、良い楽器と弓を買い直さなくてはならない。ハードルが高すぎる。」と思われる方もいらっしゃるかも知れません。ですが、ヴァイオリン奏者がある日、チェロを学びたいと思った場合、ヴァイオリンを使ってチェロの練習はできませんよね。ヴァイオリンはヴァイオリンでも、モダンとバロックは「違う楽器」と捉えてしまえば、そんなにハードルの高いことではないかと思います。先程の例ならば、チェロに興味を持って「学びたい」と思ったら、まず楽器を借りてみることが可能です。私も、大学時代に古楽をやってみたいと思った時は、まず初めに人伝に楽器を借りてトライし、その後は大学から1年間楽器を借りて研鑽を積みました。やはり、バロックヴァイオリンに触れることで学べることはたくさんあるので、奏法について学ぶ最中に良い楽器を借りて弾くことは、貴重な経験になります。  とはいえ、まず古楽に親しんでみたいと思われる方、またはモダン楽器の奏法でバロックのレパートリーを弾くことに納得がいかない、誠実なミュージシャンの方に1番お伝えしたいのは、楽器を揃えることよりも、ソフト面にあたる奏法の方が遥かに重要だということです。中には、あえてモダン楽器の特性を活かしたまま古楽演奏習慣をうまく取り入れて演奏活動に励んでいらっしゃる方も見かけます。もちろん、奏法を学ぶうちにモダン楽器では物足りなくなってバロックヴァイオリンを購入する、ということも十分ありえますし、歓迎したいところです。この経路を辿れば、バロック弓の二度買いも防げますし、そうなる頃には楽器を買うだけのコミットメントを躊躇うことはないでしょう。

バロックとモダンヴァイオリンの違い

ウェブサイトのリニューアルにあたり、削除されてしまっていたバロックとモダンバイオリンの違いについて、大分前に書いたものになりますが、少し手を加えてここに掲載します。 見た目からいくと、バロック奏者は基本的に顎あてを使いません(使う人もいますが、遠慮がちに小さめのものだったりします)。弦は、E線からG線までガット弦の場合もあれいば、E線とA線はオープンガット弦(外側に銀線を巻いていないガット弦です)で、G線はモダンでも使われている、外側を銀線でカバーしたガット弦、D線はどちらもありですが、銀線を数本巻き込んだオープンガット弦を使う人もいます。ガット弦とは、基本羊の腸を撚って作ったもので、だいたい黄色っぽい外見になります。 ずっと文章だとわかりにくいので箇条書きにします。バロック楽器はモダンに比べると、 1、駒が低めで、カーブも緩やか。 2、ネックが楽器の胴体に対して水平に取り付けられている。(モダンは弦の張力を上げるためちょっと斜めになっています)これに伴って、指板が弦の上昇に合わせるように取り付けられています。 3、魂柱(楽器の中に立っている小さな柱のようなもの。実は弦の張力を楽器の中から支えている)が少し細い。 4、バス・バーと呼ばれる、楽器の表板の裏側についている棒状のもの(上手く説明できませんが・・・)が細く、短い。 5、これは楽器の注文主によって違いますが、指板が短い。 という違いがあります。とはいえ、楽器の基本構造は、400年来全く変わっていません。 相方の弓ですが、これは時代によっていろいろな型があり、人にもよりますが、プロは基本的に3種類くらい取り揃えています。(勿論、もっと大量に持っている人はたくさんいますが) 時代の早いものから、 1、短めの早期バロック用 2、ちょっと長めで、後期バロックソナタ用 3、古典派時代に使われたもの の3つ。1、2、は現代の弓とは逆に、カーブはアーチ型、3は初期では殆どまっすぐのものもありますが、S字型になったりと、モダンに近い形になってきます。 これらの違いが変えるのは、出てくる音量と音質です。(楽器5の指板の長さは、単に昔はあまり高いポジションを使わなかったからですが) バロック楽器は、 1、音量が小さめ 2、高めの倍音が多く聴こえるせいか、線の細い音がする 3、実は、モダン楽器より雑音が多い(バロッックの方が柔らかい音がすると思う人がけっこう多いですが、実はモダン楽器は極力音が滑らかに、そして均一に出るように改造されていて、雑音はとても少ないです。チェンバロの音を想像してみてください。ピアノの方が滑らかですよね。) 3は意外に思うかも知れませんが、バロック時代は一つ一つの音の表情がとても豊かである事が美しい音楽の条件だったようで、均一な音を作る事は当時の美意識に反していたのだと思います。調律の仕方も違った結果、それぞれの調声に違った性格があるのも常識でした。ただ、フレージングが”うた”や“かたり”に近く親しみやすいので、結果柔らかく聴こえるのかも知れません。 以上、ちょっと長くなってしまいましたが、概要です。

バロックヴァイオリニスト?

このウェブサイトを開いて、なぜ名前の下に”Historical Violinist”とあるのか、気になった方はいらっしゃいませんか? 実は、バロックヴァイオリン奏者、というのは少々誤解を招く言い方です。そもそも古楽演奏習慣(この言葉についてはまた別の機会に説明します。)についてのリサーチが始まった時代には、ずばりバロック音楽の演奏習慣についての研究と試みが主だったために、バロック時代に用いられていた楽器、または楽器のコピーを使用して演奏するヴァイオリニストを、バロック ヴァイオリニストと言い始めたのが恐らく始まりでしょう。 ですが、実際には殆どの「バロックヴァイオリニスト」はバロック時代からロマン派まで、各時代にふさわしい楽器を使っての演奏活動を行なっています。バロックヴァイオリニストだからといって、バロック時代の音楽しか演奏しないわけではないのです!より正確な表現にすれば“Historical Violinist”-ヒストリカル ヴァイオリニスト(もしくはPeriod-ピリオドという表現も使われます)になるのですが、この言葉、まだ一般の方には馴染みが薄いと思うので、便宜的に通りの良いバロックヴァイオリニスト、という表現を選びました。 突き詰めていくとなかなか奥が深い古楽の世界ですが、初めは難しいことは考えず、気楽に楽しんでいただけたら幸いです。上記の事情はともあれ、少なくとも私のメインレパートリーはやはりバロック音楽。たった一楽章で演奏時間が20分を上回ることの多いロマン派の音楽と違って、バロック音楽は1曲の演奏時間が短く(物によっては30秒以下から、どんなに長くても13分くらい)、しかも曲のキャラクターがわりとはっきりしています。ある意味、ポピュラーミュージックにより近くわかりやすいと考えると、聞いてみたくなってきませんか?

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